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どろぼうの神さま/コルネーリア・フンケ/WAVE出版
物語の舞台となるのは、水の都として有名な、イタリアの都市ヴェネチア。
父母を亡くした幼い兄弟、12歳の少年プロスパーと5歳になる弟のボーは、2人を引き離そうとする伯母夫婦の手から逃れるため、ハンブルグにある叔母の家を飛び出し、亡くなったお母さんがいつも「夢の町」「魔法とおとぎ話の町」と話していたヴェネチアへと逃げてきた。。手持ちのお金はすぐに底をつき、途方に暮れた兄弟は、孤児の少女ヴェスペに出会う。ヴェスペは彼女とその仲間達の隠れ家である、閉鎖され廃墟となった映画館に兄弟を連れて行く。そこには、同じく身寄りのない、リッチオとモスという2人の少年がいて、彼らは身を寄せ合い子供達だけで暮らしているのだった
ヴェスペは、彼らのリーダーであるスキピオという謎の少年が面倒を見てくれるので、もう食べ物や寝るところの心配はしなくて良いと言う。そして、スキピオは「どろぼうの神さま」と呼ばれる、金持ちの家や美術館に忍びこんでは、高価な品々を盗み出す怪盗だというのである。
「どろぼうの神さま」に奇妙な盗みの依頼をする謎の伯爵、強欲な古物商バルバロッサとの盗品を巡る取り引き。兄弟の伯母エスターから依頼を受けた、私立探偵ヴィクトールと、子供達との追跡劇、謎の少年怪盗スキピオの本当の姿など、謎や冒険が随所にちりばめられた巧みなストーリーの中で展開する。
子供時代という、頼りなくもあるけれど、かけがえのない宝石のような日々、そして大人になることの意味と切なさが全編を通じて描かれ、大人の読者をも惹きつけるところである。
一度きりしかない大切な子供時代を捨ててしまうスキピオが、身寄りのない孤児のヴェスペやリッチオやモスたちよりも、さらに確実に不幸せな存在に思えてならない。それは、プロスパーが、弟のボーとの絆ゆえに、最終的に子供のままでいることを選んだこととあまりに対照的で、印象に残る。
この作品では、ベネチアという街が独特な魅力を持って描かれていて、物語の舞台として重要な役割を担っている。物語の別な意味での主役は、ベネチアという街自体なのかもしれない。
文豪ゲーテの「イタリア紀行」にもあるように、昔から、北方の民族ドイツ人にとってのイタリアは、溢れるばかりに太陽の光が降り注ぐ、憧れの国というイメージがあるようだ。ドイツの作家コルネーリア・フンケが、ベネチアを舞台に選んだのもそういったドイツ人が抱く特有の憧れからかもしれない。
ところで、ファンタジイファンにとって興味深いのは、作中の重要な小道具としての、メリーゴーランドの使われ方。そこには、レイ・ブラッドベリの「何かが道をやってくる」に通ずるものがある。 |