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単行本
小学館 版
西の魔女が死んだ 西の魔女が死んだ/梨木香歩/小学館

 中学生の少女まいは持病の喘息をきっかけに、学校に行けなくなってしまう。喘息の発作が起きなくなっても、まいは学校のことを考えるだけで息が詰まりそうになるのだ。「わたしはもう学校へは行かない。あそこは私に苦痛を与える場所でしかないの」と言い切るまいを、両親はおばあちゃん(まいの母の母親)のもとに預けることにした。
 まいの祖母はイギリス人で、親日家の祖父(まいからは曽祖父)の影響で同じく親日家として育ち、若い頃に英語教師として日本に赴任した。そして赴任先のミッション系の私立中学の理科の教師(日本人で、まいの祖父にあたる)と結婚し、それ以来日本に住んでいるのである。まいのおじいちゃんはまいがまだ幼い頃に亡くなったので、まいの記憶にはほとんど残っていない。
 タイトルにある「西の魔女」とは、この、まいのおばあちゃんのこと。まいの祖母は正真正銘の魔女だったのである。おばあちやんは言う。―その昔、「人々は皆、先祖から語り伝えられてきた知恵や知識を頼りに生活していたんです。体を癒す草木にたいする知識や、荒々しい自然と共存する知恵。予想される困難をかわしたり、耐え抜く力。そういうものを、昔の人は今の時代の人々よりはるかに豊富に持っていたんですね。でもその中でもとりわけそういう知識に詳しい人たちが出てきました。人々はそういう人たちのところへ、医者を頼る患者のように、教組の元へ集う信者のように、師の元へ教わりに行く生徒のように、訪ねて行ったのです。そのうちに、そういうある特殊な人たちの持っているものは、親から子へ、子から孫へ自然と伝えられるようになりました。知恵や知識だけではなく、ある特殊な能力もね」(本文52ページより)―。実は、まいの家系はそういった特殊な能力を伝える家系だったのである。
 とはいえ、まい自身には生まれつきそういう力があるわけでは無かった。しかし、まいは考える。もしそういう力が身につけば、学校のことやなんかでつらい思いをしなくてもすむようになるのではないかと。そして、祖母に「魔女修行」をしたい願い出る。そういうまいに、祖母が命じた「魔女修行」とは、何でも自分で決めるということだった。

 まいのおばあちゃんの暮らしぶりがなんとも素敵である。ワイルドにしてナチュラル。質素でいながら、内面的にはとても豊かな暮らしのように思える。人生に対して、世界に対して、しゃっきっと背筋が伸びている感じ。人間として、生きる姿勢が良いのである。このイギリスの老婦人の存在がこの作品を成功たらしめているもっとも大きな理由であろう。
 純粋性、潔癖性から(若さがもたらすこれらの特性は、であるからこそ貴重な精神と思う)、クラスになじめず、といって、転校という選択肢には『敵前逃亡』のようで、根本的な問題は解決しないと反発を覚えるまいに、おばあちゃんがが言う言葉が印象的だ。「自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからといって、誰がシロクマを責めますか」

 第44回小学館文学賞受賞作。
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