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黒龍とお茶を/R・A・マカヴォイ/ハヤカワ書房(ハヤカワFT文庫)
娘のリズからの電話で、はるばるニューヨークからサン・フランシスコにやって来たフィドル奏者のマーサ・マクナマラは、ホテルのバーテンダーの紹介で、一人の教養あふれる中国系の初老の紳士を紹介される。上等なスーツを着こなし、高級ホテルに住むその紳士の名前は、メイランド・ロング。マーサは不思議な雰囲気を漂わせるロングに心を引かれるが、一方、娘のリズが失踪し行方不明となってしまう。ロング氏とともに、マーサは失踪した娘の行方を探すのだが、いつしか二人はリズの失踪の原因となっている大きなコンピュータ犯罪に巻き込まれていく。
あらすじだけを追うと、ファンタジイというより、ミステリーや探偵小説のようです。
とは言え、何も剣や魔法の世界でなければファンタジイではないというわけではありません。
例えば、異世界ファンタジイとは一線を画すエブリデイ・ファンタジイと呼ばれる物語群があります。それは、現実の世界に非日常的な存在が入り込んでくることによっておきる様々な事象を描くものですが、それでもそこには非日常的な存在が具体的に描写されて初めてファンタジイ作品として成立します。
「黒龍とお茶を」はその点が非常に希薄です。
メイランド・ロング氏は、実は自分の正体は太古の龍(ドラゴン)で、真実を探求する中で人間に姿を変えているのだと言います。しかし、真実の探求と引きかえに龍(ドラゴン)としての能力のほとんどを失っていて、それは誰にも確かめようがありません。ただ、時折見せる怪力や回復力がそれとなく彼がただ者ではないかもしれないこと(それも可能性として)暗示しているだけです。
ミステリーや探偵小説と割り切るには違和感が有るし、と言って、良くある類型的なファンタジイ小説ではないことは間違いない。そんなカテゴリーの境界線上にあるのがこの「黒龍とお茶を」です。
分類はともかく、いずれにしても、愛すべき素敵な作品であり、面白い小説であることは確かです。
こういうファンタジイストーリーが存在すること自体が新鮮な発見です。
メイランド・ロング氏の性格描写と登場人物の(主にロング氏とマーサの)洒落た会話がこの作品の大きな魅力となっています。初老のカップルのラブ・ストーリーとして読むのもいいですね。
最後に、ハヤカワFTの表紙絵は思いっきり駄目駄目な場合があります(というより駄目な場合が多い)が、この本のカバー絵がとても素敵なことを書き添えておきます。
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