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少年時代(上・下巻)/ロバート・R・マキャモン/文春文庫
時は1964年。アメリカ合衆国、アラバマ州南部の、人口1500人の小さな町、ゼファーで起きた殺人事件の謎を、十二才の少年コリーの目を通して描いたミステリー。
そんなふうに読み始めた本書だが、読了後の感想は一味違っていた。
この作品は、過ぎし日の「少年時代(BOY'S
LIFE)」への郷愁であり、とりもなおさず、1964年という時代そのものへの良質なノスタルジーである。
僕は、主人公のコリー・マッケンソンより一世代若いのだが、それでも本書を読み進んでいるうちに、幾度も、
えもいわれぬ懐かしさで心がいっぱいになった。本書の舞台とはまったく生活環境の異なる、日本の瀬戸内の地方都市で生まれ育った僕がである。
著者は主人公を通して語る。「十二歳の歳には世界はわたしの魔法のランタンで、そのエキスの緑色に燃える輝きによって、わたしは過去を見、現在を見、未来を覗いていた。みなさんもたぶんそうだったのだ。……ただ思い出さないだけで。」
そうなのだ。僕もあの頃、魔法の存在を信じていた。世界が目に見えるものばかりから成り立っているわけではないことも、もちろん知っていた。そして、世界はもっと優しかった……もちろん、つらいこともけっこうあったけれど、今となっては、そんな気がする……。
本書を読む限り、マキャモンという作家は、プロットの立て方、進め方に秀逸なものを感じさせるが、その語り口の巧みな点でも、第一級のストーリーテーラーと言えよう。おもわず、にやりとしたり、ほろりとさせる言いまわしが随所にあって、なかなかいい味を出している。
たとえば、第五部「いまのゼファー」の中で、現在(1991年)のコリー(44歳になっている)が語るところ。
「もちろん、1964年以降、わたし自身もすこしは変わった。髪はたっぷりあるとは言えず、いまでは眼鏡をかけている。顔には皺ができた、だが笑い皺も刻まれている。サンディは、いまのわたしはかつてよりずっと男前だ、と言う。これを称して愛情という。……後略……」
サンディは、コリーの奥さん。
この叙述でコリーが、とにかく内面的に良い人生をおくっていることがわかり、ほんとによかったなぁと思わせるところだ。
あと、本題とは逸れるが、主人公が「なるたけものの見方が老けこむことのないよう」気をつける手段として、
最新の音楽を聴くことを心がけるという叙述があるのだが、僕もまったくそのとおりだと思う。
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