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赤い月と黒の山/ジョイ・チャント/評論社
オリヴァとニコラス、幼い妹のペネロピーのパウエル兄弟は、郊外をサイクリング中に異世界ヴァンダーライに入り込んでしまう。あとになってわかるのだが、彼ら兄弟は偶然異世界に入ってしまったわけではなく、上天の神々の意志により、七柱の神々の一人である永遠の少年神、イラナニ神が彼らを連れ込んだのであった。オリヴァは、ニコラスやペネロピーと別々の場所へ送りこまれてしまう。オリヴァは騎馬民族であるケントールのフルナイ族の一員として迎えられ、ニコラスやペネロピーは大鷲の戦うのを見にきたハラニの仙女、インセリンナ王女の一行に救われる。兄弟達は、ヴァンダーライにおける善と悪の宿命的な戦いの中で、それぞれが重要な役割を果たすことになるのだ。
作品の舞台となる異世界が魅力的で、かつ、いかに細部にわたって綿密に構築されているかは、ファンタジイ作品にとって、非常に重要なポイントである。そういう意味で、ジョイ・チャント女史が創造したヴァンダーライは、独特な世界観に裏打ちされ、優れて魅力的で、奥深いものがある。この緻密に創り上げられた物語世界を舞台にした、彼女の他の作品が翻訳出版されていないのはたいへん残念なことだ。
「あらゆるものには価値(あたい)がある」 この言葉が、重要なモチーフとして、物語の中に繰り返し用いられている。失なうものがなければ、何かを得ることはできない。あらゆるものには、代償がつきものという意味である。作品全体をつらぬく、このモチーフはあまりに宿命的で、時に過酷だ。
仙術の力を捨て、自分の星を滅し去ってまで貫いたインセリンナ王女とヴァン王子の愛、フルナイ族の族長の娘、ムネリが抱く、リーヴァン(オリヴァのヴァンダーライでの名前)への淡い初恋なども、このモチーフを基調にして進行していく。堂々たる異世界ファンタジイといえるこの作品の中に、二つの可憐な愛の物語が織り込まれているのは、著者が女性ならではのことでもあろうが、物語をみずみずしく、たいへん奥行きのあるものにしている。
最後の場面で、記憶をなくす飲み物を拒み、ヴァンダーライでの経験と思い出を持ったまま元の世界に戻ってきたオリヴァの手に、フルナイ族の紋章を縫い取った革の額飾りが残されていたことに、些細なことながらも救いのようなものを感じた。
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